神様はその人に乗り越えられない試練を与えない
2004年9月10日 スポーツよくよく分からないが・・・スト回避と言うことは、とりあえず進展があったと受けとっていいのだろうか?
イヤ、終わり際の古田選手の握手拒否事件を見ると・・・
あの拒否、何だかスッキリしたけど。
今日、パラリンピックの壮行会があったとのこと。
昨年末だったか今年に入ってからだったか、早稲田大チアリーダーの佐藤真海さんというひとりの女性がNHKで特集されていた。
大学2年時、「骨肉腫」と診断され、右足の膝から下を切断。
辛い日々を送っていたところ(←こう一言で表現してしまうのは非常に失礼だとは思うが・・・)幼い頃やっていた水泳をやってみて、スポーツの素晴らしさに感動、以前の自分の笑顔を取り戻すことができた。
1年弱のブランクを経て、チアリーディング部に戻り、振付として力を注ぐ。(早大応援の目玉『紺碧の空』も担当)
そして、チアリーディング部の新聞に寄せた言葉。
『神様はその人に乗り越えられない試練を与えない』
乗り越えてきた人の発した言葉だからこそ、彼女の言葉が心に深く突き刺さった。
そして、その特集を見終えたとき、私は彼女の笑顔の魅力にはまっていた。
今年の春、早稲田大を卒業し、サントリーへ就職した佐藤真海さんは、走り幅跳びの代表として、17日開幕のパラリンピックに出場する。
イヤ、終わり際の古田選手の握手拒否事件を見ると・・・
あの拒否、何だかスッキリしたけど。
今日、パラリンピックの壮行会があったとのこと。
昨年末だったか今年に入ってからだったか、早稲田大チアリーダーの佐藤真海さんというひとりの女性がNHKで特集されていた。
大学2年時、「骨肉腫」と診断され、右足の膝から下を切断。
辛い日々を送っていたところ(←こう一言で表現してしまうのは非常に失礼だとは思うが・・・)幼い頃やっていた水泳をやってみて、スポーツの素晴らしさに感動、以前の自分の笑顔を取り戻すことができた。
1年弱のブランクを経て、チアリーディング部に戻り、振付として力を注ぐ。(早大応援の目玉『紺碧の空』も担当)
そして、チアリーディング部の新聞に寄せた言葉。
『神様はその人に乗り越えられない試練を与えない』
乗り越えてきた人の発した言葉だからこそ、彼女の言葉が心に深く突き刺さった。
そして、その特集を見終えたとき、私は彼女の笑顔の魅力にはまっていた。
今年の春、早稲田大を卒業し、サントリーへ就職した佐藤真海さんは、走り幅跳びの代表として、17日開幕のパラリンピックに出場する。
オーナーのみのプロ野球?
2004年9月8日 スポーツファンあってのプロ野球です!
もちろん、プロ野球界にプロ野球選手がいなければ言語道断です!
選手あってのプロ野球です!
オーナーのためだけのプロ野球ではありません!
約120万の署名、ファンの声に蓋をするつもりですか?
選手の叫びを押さえつけるつもりですか?
一度でいいから、選手と、ファンと向き合ってください。
突っ走らないでください。
もちろん、プロ野球界にプロ野球選手がいなければ言語道断です!
選手あってのプロ野球です!
オーナーのためだけのプロ野球ではありません!
約120万の署名、ファンの声に蓋をするつもりですか?
選手の叫びを押さえつけるつもりですか?
一度でいいから、選手と、ファンと向き合ってください。
突っ走らないでください。
日比谷野外音楽堂に集結
2004年9月7日 スポーツ「18時日比谷野音に来てください」
明日のオーナー会議を控え、野球の未来を創る会の集会が開催された。
以前、ネット署名をおこなったためメールが届く。
行きたかったのだが、来週から通い始める学校のオリエンテーションと重なり、行けず。
どういう結論が出たとしても、野球界全体を見て「本気のパワーを爆発させる場所」が減ってしまうという事態だけは避けてほしい。
夏の甲子園・都市対抗と本気のパワーの爆発を目の当たりにし、その興奮から冷めきれていない今、切にそう願う。
明日のオーナー会議を控え、野球の未来を創る会の集会が開催された。
以前、ネット署名をおこなったためメールが届く。
行きたかったのだが、来週から通い始める学校のオリエンテーションと重なり、行けず。
どういう結論が出たとしても、野球界全体を見て「本気のパワーを爆発させる場所」が減ってしまうという事態だけは避けてほしい。
夏の甲子園・都市対抗と本気のパワーの爆発を目の当たりにし、その興奮から冷めきれていない今、切にそう願う。
ちょっと立ち止まって・・・
2004年7月8日 スポーツ1リーグ制 10チーム 3軍制 プロアマ合体 ???
ついていけない。
「知っている」人たちだけで密室の議論を交わして、それで決定にしないでほしい。
強行しないでほしい。
もし将来を考えて、本当に1リーグ制を採る必要があるとしても、「知らない」人も交えて、選手も交えて議論をしてほしい。
近鉄ファン・オリックスファン・もう1組の合併チームのファンはもちろん、老若男女プロ野球ファンの声に耳を傾けてほしい。
それでもやはり、1リーグ10チーム制というのであれば、納得はできないにしても仕方ないと思えるだろう。
たった数人の偏ったビジョンで野球界全体をかき混ぜないでください。
明日開催されるという選手との「意見交換」会に期待したい。
ついていけない。
「知っている」人たちだけで密室の議論を交わして、それで決定にしないでほしい。
強行しないでほしい。
もし将来を考えて、本当に1リーグ制を採る必要があるとしても、「知らない」人も交えて、選手も交えて議論をしてほしい。
近鉄ファン・オリックスファン・もう1組の合併チームのファンはもちろん、老若男女プロ野球ファンの声に耳を傾けてほしい。
それでもやはり、1リーグ10チーム制というのであれば、納得はできないにしても仕方ないと思えるだろう。
たった数人の偏ったビジョンで野球界全体をかき混ぜないでください。
明日開催されるという選手との「意見交換」会に期待したい。
とことん勝負し失敗できる場所
2004年6月22日 スポーツ6月19日付の日経流通新聞に興味深い記事を見つけた。
見つけたといっても、一面記事なので、否応なく目に入ってきたわけだが。
ミズノを退社して、スポーツで米国に留学する選手をサポートする団体・IASコンサルティングを運営されている方のお話だ。
いや、留学する選手をサポートするという消極的な表現より『アマ選手生命、留学で救う』という同新聞の見出しが実にピッタリである。
アマチュアスポーツ(最近はプロ野球でさえも)を取り巻く環境がますます厳しくなる中、行き場を失った選手が米国に活路を見出す過程をサポートする。
『トライアウトと異なり留学は、長期での評価をしてもらえるため日本人には合っている』などと、留学という手段をとる根拠について細かく述べられている。
が、そんなことよりも私は、こういった団体が設立された(昨年9月)という事実が、非常に興味深かった。
この夏、第1期生・4名(プレイヤー3名・トレーナー1名)が旅立つという。
道を閉ざされかけた選手に『とことん勝負し失敗できる場所を贈る』
こういう動きが、アマ選手のモチベーションを維持し、スポーツ界全体の発展につながることを願いたい。
○☆●☆○☆●☆○☆
あらぬ期待を胸に、浜野教授のサイトを開く。
な、なんと、今回も私の疑問(6月21日付)に答えてくださった。
近藤さん…近江の藤原氏
遠藤さん…遠江の藤原氏
江藤さん…大江の藤原氏
加藤さん…加賀の藤原氏
佐藤さん…左衛門尉の藤原氏
とのことだ。
いや〜、この素早い回答には、ただひたすら脱帽である。
浜野教授、ありがとうございました。
非常に勉強になりました。
見つけたといっても、一面記事なので、否応なく目に入ってきたわけだが。
ミズノを退社して、スポーツで米国に留学する選手をサポートする団体・IASコンサルティングを運営されている方のお話だ。
いや、留学する選手をサポートするという消極的な表現より『アマ選手生命、留学で救う』という同新聞の見出しが実にピッタリである。
アマチュアスポーツ(最近はプロ野球でさえも)を取り巻く環境がますます厳しくなる中、行き場を失った選手が米国に活路を見出す過程をサポートする。
『トライアウトと異なり留学は、長期での評価をしてもらえるため日本人には合っている』などと、留学という手段をとる根拠について細かく述べられている。
が、そんなことよりも私は、こういった団体が設立された(昨年9月)という事実が、非常に興味深かった。
この夏、第1期生・4名(プレイヤー3名・トレーナー1名)が旅立つという。
道を閉ざされかけた選手に『とことん勝負し失敗できる場所を贈る』
こういう動きが、アマ選手のモチベーションを維持し、スポーツ界全体の発展につながることを願いたい。
○☆●☆○☆●☆○☆
あらぬ期待を胸に、浜野教授のサイトを開く。
な、なんと、今回も私の疑問(6月21日付)に答えてくださった。
近藤さん…近江の藤原氏
遠藤さん…遠江の藤原氏
江藤さん…大江の藤原氏
加藤さん…加賀の藤原氏
佐藤さん…左衛門尉の藤原氏
とのことだ。
いや〜、この素早い回答には、ただひたすら脱帽である。
浜野教授、ありがとうございました。
非常に勉強になりました。
「したい」気持ちが人を動かす
2004年6月17日 スポーツ大学選手権も終わったところで、三菱の活動自粛以来くすぶっていた想いをつづりたい。
「したい」気持ちが人を動かす。
そう信じている。
そう信じて走り回った就職活動も、2年前、
「そんな夢みたいなことを言わずに現実を見てこい」
という某FM局の方の言葉で終わった。
芸大に落ちて、それまで十数年、生活の中心にあった音楽と決別した時、とてつもない喪失感に押しつぶされそうになっていた。
自分が何をすればいいのか分からない。
そんな中、たまたま新歓祭典で入手したチケットを手に友人と西京極を訪れた。
立同戦 だった。
制服を着て、帽子をかぶって、という高校野球のアルプス応援とは一味異なり、表面上何の一体感もない人たちが一体となって応援している。
肩を組んで歌っている。
それを内野席の少し離れたところから見ていた。
不思議だった。
でも、その空気に私はとらわれてしまった。
もう一度、味わいたかった。
翌日2戦目、私はひとりで再び西京極を訪れていた。
そこで目にしたリーグ優勝。
喜びを爆発させる選手たち。
スタンドから投げ込まれる紙テープ。
スポーツがこんなにも人を熱くさせるのか、と肌で感じた瞬間だった。
そのパワーをもらいたくて、高校府予選、大学リーグ戦、社会人大会、頻繁に西京極へ足を運ぶようになった。
意図的にスポーツへ触れるようになり、様々な方面をひたすら走っている人たちに出会った。
それまでの自分の世界がとても小さいものに思えた。
それまで志してきた道への自分の覚悟がとても甘かったことを思い知らされた。
毎日が新鮮で、あらゆるところからたくさんのパワーをもらった。
そんな学生生活、このパワーをもっとたくさんの人に伝えたいと思うようになるまで、さほど時間はかからなかった。
その一方で、野球、バレー、陸上、、、次々と休廃部に追い込まれ、廃れていく企業スポーツ。
先がないところに選手は集まらない。育たない。
「どうせ、上ではできないのだから」
真剣にその道を志すアスリートは次第に減り、日本のスポーツ全体のレベルは下がっていくだろう。
「それがどうした?スポーツなんてなくても生活できるだろ?」
そう言われれば、それまでかもしれない。
それでも、私は企業スポーツの、スポーツ界全体の行く末が気になって仕方なかった。
スポーツの与えるパワーを伝えることで、アマチュアスポーツを盛り返したかった。
興味のある人、興味のない人、不特定多数の人たちにそれを伝えられる、それは、数あるマスメディアの中でもテレビの力だと思った。
それほど興味のなかった高校野球の世界へと私を引きずり込んだのも、高校1年の夏、「たまたま」ついていた野球中継だった。
78回大会決勝、「何となく」見ていた私はいつのまにか引き込まれ、テレビの前から動けなかった。
その想いを胸に、大学生活でもらったたくさんのパワーを手に、走り回った大学3年の終わり
「視聴率とれなければ、番組つくれないんだよね」
それがすべてだった。
キー局すべての受験が終わり、最後の頼みとして某FM局の方に会ってもらった。
「資本主義の世の中で、利益にならないことは通用しないんだよ。
あなたが財閥のお嬢様だったら話は別だけど、そうじゃないだろ?
社会主義の国に行くか・・・今、社会主義ってほとんどないけど(笑)
とにかく社会に出て働きなさい。
自分で生活できるようになってから、考えなさい。
その頃には、そんな夢みたいなこと言ってないだろうけどね」
言われた通り、大学のキャリアセンターに求人が出ていた企業を受けてみた。
内定をもらった。
私の「夢」は終わった。
5月21日 三菱再建計画発表
5月28日〜 三菱ふそう川崎 硬式野球部 活動自粛
5月30日〜 三菱自動車岡崎 硬式野球部 活動自粛
6月13日 近鉄・オリックス合併報道
そして今、現実は、私が思い描いていた世界とは違う方向へと、確実に進んでいる。
どうにかしたい。
どうにもならない。
2年前のもどかしい気持ちだけが、私の中を渦巻いている。
「見たい」「行きたい」「やってみたい」
人の「したい」気持ちを触発するパワーが、スポーツにはきっとある。それが、人を動かし、世の中の活性化につながると思うのだが・・・
「したい」気持ちが人を動かす。
そう信じている。
そう信じて走り回った就職活動も、2年前、
「そんな夢みたいなことを言わずに現実を見てこい」
という某FM局の方の言葉で終わった。
芸大に落ちて、それまで十数年、生活の中心にあった音楽と決別した時、とてつもない喪失感に押しつぶされそうになっていた。
自分が何をすればいいのか分からない。
そんな中、たまたま新歓祭典で入手したチケットを手に友人と西京極を訪れた。
立同戦 だった。
制服を着て、帽子をかぶって、という高校野球のアルプス応援とは一味異なり、表面上何の一体感もない人たちが一体となって応援している。
肩を組んで歌っている。
それを内野席の少し離れたところから見ていた。
不思議だった。
でも、その空気に私はとらわれてしまった。
もう一度、味わいたかった。
翌日2戦目、私はひとりで再び西京極を訪れていた。
そこで目にしたリーグ優勝。
喜びを爆発させる選手たち。
スタンドから投げ込まれる紙テープ。
スポーツがこんなにも人を熱くさせるのか、と肌で感じた瞬間だった。
そのパワーをもらいたくて、高校府予選、大学リーグ戦、社会人大会、頻繁に西京極へ足を運ぶようになった。
意図的にスポーツへ触れるようになり、様々な方面をひたすら走っている人たちに出会った。
それまでの自分の世界がとても小さいものに思えた。
それまで志してきた道への自分の覚悟がとても甘かったことを思い知らされた。
毎日が新鮮で、あらゆるところからたくさんのパワーをもらった。
そんな学生生活、このパワーをもっとたくさんの人に伝えたいと思うようになるまで、さほど時間はかからなかった。
その一方で、野球、バレー、陸上、、、次々と休廃部に追い込まれ、廃れていく企業スポーツ。
先がないところに選手は集まらない。育たない。
「どうせ、上ではできないのだから」
真剣にその道を志すアスリートは次第に減り、日本のスポーツ全体のレベルは下がっていくだろう。
「それがどうした?スポーツなんてなくても生活できるだろ?」
そう言われれば、それまでかもしれない。
それでも、私は企業スポーツの、スポーツ界全体の行く末が気になって仕方なかった。
スポーツの与えるパワーを伝えることで、アマチュアスポーツを盛り返したかった。
興味のある人、興味のない人、不特定多数の人たちにそれを伝えられる、それは、数あるマスメディアの中でもテレビの力だと思った。
それほど興味のなかった高校野球の世界へと私を引きずり込んだのも、高校1年の夏、「たまたま」ついていた野球中継だった。
78回大会決勝、「何となく」見ていた私はいつのまにか引き込まれ、テレビの前から動けなかった。
その想いを胸に、大学生活でもらったたくさんのパワーを手に、走り回った大学3年の終わり
「視聴率とれなければ、番組つくれないんだよね」
それがすべてだった。
キー局すべての受験が終わり、最後の頼みとして某FM局の方に会ってもらった。
「資本主義の世の中で、利益にならないことは通用しないんだよ。
あなたが財閥のお嬢様だったら話は別だけど、そうじゃないだろ?
社会主義の国に行くか・・・今、社会主義ってほとんどないけど(笑)
とにかく社会に出て働きなさい。
自分で生活できるようになってから、考えなさい。
その頃には、そんな夢みたいなこと言ってないだろうけどね」
言われた通り、大学のキャリアセンターに求人が出ていた企業を受けてみた。
内定をもらった。
私の「夢」は終わった。
5月21日 三菱再建計画発表
5月28日〜 三菱ふそう川崎 硬式野球部 活動自粛
5月30日〜 三菱自動車岡崎 硬式野球部 活動自粛
6月13日 近鉄・オリックス合併報道
そして今、現実は、私が思い描いていた世界とは違う方向へと、確実に進んでいる。
どうにかしたい。
どうにもならない。
2年前のもどかしい気持ちだけが、私の中を渦巻いている。
「見たい」「行きたい」「やってみたい」
人の「したい」気持ちを触発するパワーが、スポーツにはきっとある。それが、人を動かし、世の中の活性化につながると思うのだが・・・
今週は月曜・火曜と2日続けて会社帰りの一杯。(のめないけど・・・)
終電間近に帰宅しお風呂に入るだけの生活では、報道ステーションを、NEWS23を、すぽるとを(もうエエって・・・)見る余裕がない。
今朝、ギリギリに起きて日刊スポーツを手にすると
『 両 手 骨 折 』
この4文字が合わさって意味をなしているとは思えないほど、それぞれが異様にデカく、寝起きの頭では理解するのに少々時間を要した。
よくよく読んでみると、ダイエー・杉内投手が2回で7点を失った後、ベンチでイスを殴って両手の第5中手骨(ドコヤネン)を骨折したということだった。
ドコヤネン?の疑問に答えるべく図解入りの記事。
真剣に音楽を志し、芸大受験のためにバイオリンを弾いていた高校生の頃、体育の授業で球技をやるのが怖かった。
卓球やバドミントンのように、指に直接重い物体が飛んでこない種目の時はホッとしたものだ。
大した才能も技術も持ち合わせていなかった私くらいのレベルの人間でさえ、そのくらい自分の商売道具(にはならなかったが・・・)には気を遣っていた。
闘志をあらわにするのが悪いとは思わないが、並々ならぬ才能を秘めた自分の商売道具は大事にしてもらいたいと思う。
よほど悔しかったんやろうけど、、、
早く復帰できることを願います。
終電間近に帰宅しお風呂に入るだけの生活では、報道ステーションを、NEWS23を、すぽるとを(もうエエって・・・)見る余裕がない。
今朝、ギリギリに起きて日刊スポーツを手にすると
『 両 手 骨 折 』
この4文字が合わさって意味をなしているとは思えないほど、それぞれが異様にデカく、寝起きの頭では理解するのに少々時間を要した。
よくよく読んでみると、ダイエー・杉内投手が2回で7点を失った後、ベンチでイスを殴って両手の第5中手骨(ドコヤネン)を骨折したということだった。
ドコヤネン?の疑問に答えるべく図解入りの記事。
真剣に音楽を志し、芸大受験のためにバイオリンを弾いていた高校生の頃、体育の授業で球技をやるのが怖かった。
卓球やバドミントンのように、指に直接重い物体が飛んでこない種目の時はホッとしたものだ。
大した才能も技術も持ち合わせていなかった私くらいのレベルの人間でさえ、そのくらい自分の商売道具(にはならなかったが・・・)には気を遣っていた。
闘志をあらわにするのが悪いとは思わないが、並々ならぬ才能を秘めた自分の商売道具は大事にしてもらいたいと思う。
よほど悔しかったんやろうけど、、、
早く復帰できることを願います。
昨日の興奮さめやらぬまま、今朝の日刊スポーツを開いてみる。
■立命大が完全優勝
関西学生野球リーグ最終週3日目は25日、京都・西京極球場で同大−立命大3回戦を行い、立命大が7−8で逆転サヨナラ勝ちし、勝ち点5の完全優勝で6季ぶり28度目のリーグ制覇を果たした。立命大の完全優勝は99年秋以来。
淋しい。写真とまで贅沢は言わないが、もうちょっと情報がほしい・・・
でも、仕方ないか。
JABA九州大会(後援・スポーツニッポン新聞社)開催中、実家からスポニチをFAXしてもらっていた。
デイリーの阪神記事や報知のジャイアンツ記事を読むような好奇心から、どうしても読みたかったのだ。
5.11(火)付
『九国大トリオで東京ガス8強』
先発安達7回1失点!!救援徳村6人ピシャリ!!四番菅は先制V打!!
と、さんざん東京ガスを持ち上げた翌日の東京ガスVS重工長崎
5.12(水)付
『三菱重工長崎"九州のトリデ"守れず』
この日の徳村投手の登板、菅選手の成績には全く触れていない。
一方、期間中キヨスクで購入、通勤電車の中で読んでいた(オッサンやで、、、)関東のスポニチには結果しか載ってなかった。
この極端さ、おもしろい。非常に興味深い。
ぜひ、神宮で活躍して関東のスポーツ紙をも賑わせてほしいものです。
♪グレーター立命♪
■立命大が完全優勝
関西学生野球リーグ最終週3日目は25日、京都・西京極球場で同大−立命大3回戦を行い、立命大が7−8で逆転サヨナラ勝ちし、勝ち点5の完全優勝で6季ぶり28度目のリーグ制覇を果たした。立命大の完全優勝は99年秋以来。
淋しい。写真とまで贅沢は言わないが、もうちょっと情報がほしい・・・
でも、仕方ないか。
JABA九州大会(後援・スポーツニッポン新聞社)開催中、実家からスポニチをFAXしてもらっていた。
デイリーの阪神記事や報知のジャイアンツ記事を読むような好奇心から、どうしても読みたかったのだ。
5.11(火)付
『九国大トリオで東京ガス8強』
先発安達7回1失点!!救援徳村6人ピシャリ!!四番菅は先制V打!!
と、さんざん東京ガスを持ち上げた翌日の東京ガスVS重工長崎
5.12(水)付
『三菱重工長崎"九州のトリデ"守れず』
この日の徳村投手の登板、菅選手の成績には全く触れていない。
一方、期間中キヨスクで購入、通勤電車の中で読んでいた(オッサンやで、、、)関東のスポニチには結果しか載ってなかった。
この極端さ、おもしろい。非常に興味深い。
ぜひ、神宮で活躍して関東のスポーツ紙をも賑わせてほしいものです。
♪グレーター立命♪
大学までバレーボールを続けたが、バレーとは無関係の会社に就職した友人がいた。
授業を終えて練習に明け暮れる毎日の中で、彼がよく口にしていた言葉
「バレーが好き」
だから辛くない。
卒業して1年が経とうとする頃、
「バレーが好き」
だから彼は会社を辞めた。
「もういいって思うようになるまで、もう1度バレーを続けたい」
彼は地方のバレーチームで再びバレーを始めた。
そして今回、黒鷲旗に出場するというので、私は大阪府立体育館へと向かった。
会場には大学時代の友人が数人、やはり応援に来ていた。
懐かしい顔と一緒にひとつひとつのプレイに一喜一憂しながら、こみあげるものをこらえるのに必死だった。
一度離れた場所へ戻る勇気。離れたからこそ見つけたモノがあったのだろう。
「オレにはバレーしかできることがない」
そう言って再びコートに戻った彼はキラキラしていた。
刺激を与えてくれる友人に感謝しながら、自分にはこれしかないと言えるひたむきな生き方ができる人間になりたいと改めて思った。
授業を終えて練習に明け暮れる毎日の中で、彼がよく口にしていた言葉
「バレーが好き」
だから辛くない。
卒業して1年が経とうとする頃、
「バレーが好き」
だから彼は会社を辞めた。
「もういいって思うようになるまで、もう1度バレーを続けたい」
彼は地方のバレーチームで再びバレーを始めた。
そして今回、黒鷲旗に出場するというので、私は大阪府立体育館へと向かった。
会場には大学時代の友人が数人、やはり応援に来ていた。
懐かしい顔と一緒にひとつひとつのプレイに一喜一憂しながら、こみあげるものをこらえるのに必死だった。
一度離れた場所へ戻る勇気。離れたからこそ見つけたモノがあったのだろう。
「オレにはバレーしかできることがない」
そう言って再びコートに戻った彼はキラキラしていた。
刺激を与えてくれる友人に感謝しながら、自分にはこれしかないと言えるひたむきな生き方ができる人間になりたいと改めて思った。
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